ジャーナリング100日目にして気づいた、私が一番夢中になれること

ふと思ったのは、私がパソコンで作業することがとても好きだということ。
ジャーナリング100日目。私のノートにはパソコンを好きなことについては1行も書かれてはいないのだけど、パソコンでこんなことができるようになったという記述は割とある。
間違いなく、私が一番夢中になっている時間はパソコンで作業をしている時間。料理や筋トレを凌駕するほどの集中できる時間だと思う。それをすっかり忘れている自分を不思議に感じた。
最初の仕事はプログラマーだし、その後にパソコン教室の講師をしていた時期もあって(2013年頃、Microsoft OfficeのTTTも持っていた)、毎日何時間もパソコンを使うことは自然な習慣。こんなに夢中になれるのに、好きだということをすっかり忘れていた。
YouTubeにしてもブログにしても、パソコンを使うことが好きだから始めたというのに。
今は自分の好きなことがはっきりとしている私だけど、編み物、お裁縫、絵を描くこと、DIY、ターシャ・テューダーにハマって庭作りまでしていた時期もある。
↓今でも何度も見返しているくらい、ターシャは好き
どれもそこそこはできるようになるのだけど、今はしていない。パソコンは別格な感じ。道具の管理も片付けもたいした負担がない。ずっと使い続けてきたから、新しいものが出てくるたびに感じる怖さは何度も経験しすぎてそういう不安は特になく、車の運転と同じで、自分がどう関わりたいかという気持ちもわかっている。
そんな中、エージェント型AIが登場したとき、チャット型との違いに感動を超えて衝撃を受けた。
最近夢中なのは、エージェント型AIでいろいろ試すこと。2020年からの家計簿を管理会計風にしたり、財務会計風にしたりといろいろな角度で見れるようにした。ライフプランも何度でも修正できる。ブログもサーバー引っ越し手順や投稿補助なども驚くほど時短できた。その流れで、突発性難聴の回復までの記録をまとめる作業もしている。
私の左耳は治らないかもしれない。もう、聞こえないままかもしれない。そういう出口のない不安の中にいる方の気持ちが、少しでも楽になればと思いながら始めた作業。ジャーナリング100日目にしてひとつ気づいたことがある。ずっと自分のことで精一杯だったのに、誰かの役に立てるかもと自然に思えるようになっていたこと。そう気づいたとき、私の心もずいぶん回復したのだなあと、しみじみ思えた。
日記はずっと続けていて、モーニングページは2024年4月に発酵調味料の認定講師の学びの中で知った。紆余曲折を経て、2024年7月からA4サイズのノートに書き続けるようになっている。
2024年7月が1冊目。2026年4月、今は8冊目を書いているところ。
2024年10月末に突発性難聴を発症して以来、2026年3月頃にやっと立ち直れたような感覚になるまでの記録が、2冊目から8冊目にびっしりあってなかなかのボリュームになってきた。
今はまだ、2025年1月あたりのエピソードをまとめているところ。AIと相談しながら進めているのだけど、なんて言葉に表せないような可能性の広がった時代が来たのだろうと思う。
私はCOBOLから始まった世代で(高校の授業で)、Windows95のときもパソコン画面がカラーになり、ユーザーインターフェイス、アイコンなどに驚いた。インターネットで世界に繋がったときも驚いた。あの頃の自分が、50代になって自分の経験談が誰かの参考になるようにと願ってAIとブログを書いていると聞いても意味がわからないだろう。
そんなわけで、昔からずっとパソコンに夢中という話。
この日の画像は、休日の朝に身支度だけしてStarbucksへ行ったときのもの。日記を2冊バッグに入れて、突発性難聴発症後の時期を読みながらまとめる作業もしてみた。シュガードーナツとホットのアーモンドミルクのラテ。気になっていたキーマカレーのトルティーヤも頼んだ。——静かな、休日の朝の好きな時間。私の記録が誰かの気持ちを穏やかにしてくれることを願いながら作業をしている。
↓いろいろ試して、2026年4月現在で使っているノートはこちら。